「うん・・・。大好きな人にご飯を作るの、幸せだった。」
この物語は独善的で、独りよがりに人を助けようとする吉田が高校生の沙優と出会うことで、沙優を救うことができたという、ある意味「運命の出会い」の物語だったんだなと勝手に感じました。
吉田が沙優を助けた理由を「ただ・・・あの日、あの時にあいつと出会ったからです。」という何も具体的ではないことを言っていましたが、何となくしっくりきました。
共に北海道の実家へ向かう吉田と沙優。しかし扉を開いた沙優を待っていたのは母の平手打ちだった。母と、そして自分と向き合う沙優、それを見守る吉田の決意は……。恋人でも家族でもない二人の物語、堂々完結!
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吉田と沙優、そして沙優の兄である一颯は、北海道の沙優の母のもとに会いに行くことになります。
沙優には2つの問題がありました。
1つは沙優の友達である結子の自殺。結子は沙優と友達になることにより、いじめを受けます。
沙優は友達を守ろうと必死になりますが、それが逆に結子を追い詰めました。自分の憧れである沙優を汚してしまった、自分のせいで。その結果、結子は自殺してしまいます。
このことに沙優は自分を責めます。自分のせいで、自分のせいで、と。
そんな沙優に吉田は言います。「済んだことなんだ。」と。人の死を済んだこととするのは、酷く傲慢なことに思えますが、確かに済んだことです。
結子の自殺は沙優にも原因はあるかもしれませんが沙優に罪はない。
過去にとらわれて動けなくなる沙優を吉田は解放しようとしました。沙優は吉田の胸で散々泣きました。
そのあと、沙優は結子の自殺と向き合う覚悟を決めます。
「たくさん結子のことを思い出そうと思う。いつか結子のこと考えて・・・笑えるようになるまで」
そしてもう一つの問題が沙優の母親。
母親にとって沙優は自分が夫から愛されていない象徴でした。夫をつなぎとめるために産んだ子供が、逆に夫が離れるきっかけになった。
そんな沙優を愛せるわけもなく、沙優に対して愛情をもって接したことは一度もありません。沙優が北海道から逃げ出そうとしたきっかけは結子の自殺かもしれませんが、沙優が帰らなかった原因は母親です。
その母は、帰ってきた沙優に激怒。なぜ自分と一颯にこれほど迷惑を掛けるのかと罵倒します。そこに半年間帰ってこなかった沙優を心配する言葉は一つもありませんでした。対して沙優も反論。いままで自分を理解しようともしてこなかったくせにとこれまでの不満を叩きつけます。
自分に反抗的な態度を取らなかった沙優の反論に動揺した母は言ってはならないことを言います。
「あんたなんて産むんじゃなかった」
その言葉を聞いた吉田は、とっさに湧き出る怒りを抑え言います。
「どうあっても沙優の親はあなたしかいないんです。」
「自分が代わりに沙優を育てたいが、自分には責任がない。だから資格もない」
「あなたでないとダメなんだ。だから、沙優が独り立ちするまで育ててやってください。」
吉田は土下座しました。それに同調して一颯も土下座して頼みます。このことに母はヒステリーになりましたが、一颯がなだめます。母も心の底では吉田の言っていることは分かっていました。沙優の親は私しかいないと。しかし、自分の心の傷である沙優に対してどう接すればいいか分からなかったのです。
一颯は言いました。
「僕たちも・・・少しずつでいいから前を向こう・・・。」
吉田の言っていることは世間体のことも含まれているのかなと。吉田が必死に沙優を育てようとしたところで沙優が普通の高校生に戻れる環境にはならない。本当に何かあったとき、沙優を守れるのは肉親だけだと。
個人的には他人に「育ててやってください」と言われる母親は大分罪が大きいような気はします。少なくとも親失格だと思いますし、随分わがままだなと。しかし、沙優と母が少しずつでも向き合って、歩み寄っていけたのは沙優にとっては最もいい着地点ではなかったかと思います。
沙優の2つの問題が、完全にではないですが、決着に向かったことで、沙優は吉田の保護下から離れることになりました。これで、沙優は自分の人生を改めて歩いていけると考えた吉田は、もう沙優と会うこともないだろうとも考えていました。
沙優を救ったのは家族愛のような吉田の無償の愛情でした。独善的で独りよがりだったかもしれませんが、それでも沙優は今まで受けてこなかった愛情をもらうことで救われました。
「クラスメイトでもない、家族でもない、お髭のサラリーマンの吉田さんと出会えてよかった。」
女子高生と社会人という、社会的には批判される立場で出会ったからこそ、吉田は沙優を救え、沙優は吉田に救われた。そんな奇妙な関係でした。
だからこそ、保護者と被保護者という立場から脱却したこれからは、沙優と関わる意味もメリットも沙優にはないだろうと考えていた吉田。しかし、被保護者という立場から離れて一人の人間として、一人の女性として吉田に向き合えるようになった沙優は吉田に言いました。
「私、吉田さんのことが好き」
その言葉を受け、吉田は答えます。
「・・・ガキには興味ねぇんだ」
その言葉を予想していたように沙優は私が大人になるまで待っててといいます。吉田は、待てねぇよと答えましたが、待ってなくても大人になって会いに行くと沙優は伝えます。待つ気はない、待つ気はないが沙優とまた会えるかもしれないことは、少し楽しみにしておこうと吉田は思いました。
吉田の本心はどうか分かりませんが、例え沙優に男女間の好意を持っていたとしても決して言葉には出せなかったと思います。なぜなら、沙優を救ったのは吉田からの無償の愛だから。男女間の好意を認めてしまえば、それを否定してしまうことになります。
今の関係では、素直になれないかもしれないが、沙優が大人になれば変わるのか?それはその時にならなければ分からないのかもしれません。
沙優がいなくなった後、吉田はいつも通りの生活に戻っていました。変わったことと言えば後輩の三島は仕事に熱心になり、上司の後藤とは食事にたまに行くような関係となり、沙優の友達の大学生になって少し落ち着いたあさみには小説の感想を迫られるようになったくらいです。
・・・女性との関係が少しずつ進んでいるような・・・
そんな中、吉田は電柱の下でうずくまっている人影を見つけました。以前と同様のシチュエーション。しかし、以前とは違い「大人」になった女性。その女性が言いました。
「また、会えたね」
「ただいま、吉田さん」
冒頭にも書きましたが、社会人と高校生という社会的には非難される関係での出会いが沙優と吉田にとっては必要な関係であり、お互いに幸せになれる「運命的な出会い」だったんだなと。こういう禁断の関係が軸になる物語では「こういう関係でなければ」とか「こういう出会い方でなければ」というのが結論になりがちな気がしますが、この作品ではその関係性を全肯定するというところに深い印象を持ちました。(社会人と女子高生の関係を肯定する気は無いです。)
最終的に吉田の恋愛的な気持ちは有耶無耶になっている気はしますが、まあそこに決着をつけるのも蛇足な気はします。ただ、沙優、三島、後藤さんの平等になった恋愛バトルも面白そうだとは思います(笑)。
この作品と出会ったのは2018年くらいのことだと思います。繊細な関係をごまかすことなく、真正面から書ききった作品だと感じ、すごく楽しむことができました。また沙優という登場人物の一人が幸せになったのをみて、良かったと心から思える作品に出会えることもそうはないと思います。
しめさば先生、この作品に出会わせていただき、本当にありがとうございました。
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