このお遊びには、いつまで付き合えばいいんだ?
「スパイ」という言葉から連想するのは、やはり騙すことです。
自分を味方だと思わせる、自分が追い詰められていると思わせる、逆に相手が追い込められていると思わせるなど実情とは異なる状況を信じ込ませて自分に有利になるように仕向けていきます。
話せないようにした敵に自分の変装をさせて、敵側のボスにそいつを殺させるというミッションインポッシブル2のイーサン・ハントを真っ先に思い出します。(トム・クルーズの色気がヤバい映画)
そしてこのスパイ教室という作品。やられました。ものの見事に騙されました。私が違和感を抱いていたことがスッキリと回収され、「凄いなあ」と思わず口に出してしまいました。
あらすじ
陽炎パレス・共同生活のルール。一つ 七人で協力して生活すること。一つ 外出時は本気で遊ぶこと。一つ あらゆる手段でもって僕を倒すこと。――各国がスパイによる“影の戦争“を繰り広げる世界。任務成功率100%、しかし性格に難ありの凄腕スパイ・クラウスは、死亡率九割を超える『不可能任務』に挑む機関―灯―を創設する。しかし、選出されたメンバーは実践経験のない7人の少女たち。毒殺、トラップ、色仕掛け――任務達成のため、少女たちに残された唯一の手段は、クラウスに騙しあいで打ち勝つことだった!? 世界最強のスパイによる、世界最高の騙しあい! 第32回ファンタジア大賞《大賞》受賞の痛快スパイファンタジー!
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天才スパイと落ちこぼれの女の子たち
科学技術の発達とともに戦争はコスパの悪いものへと変わっていきました。一度の戦闘の被害は大きくなり、物資の運搬技術が発達したことで戦闘はより長期化しました。
これでは勝利したとしても旨味がないと考えた各国指導者は表向きは友好関係を築きつつ、裏で敵国をおとしめる方向に転換します。スパイの時代の始まりです。
ディン共和国は先の大戦でも今でも隣国の帝国から脅威を受けています。その共和国で天才と称されるスパイがいました。名はクラウス。彼は各地で落ちこぼれの烙印を押された美少女スパイ候補生を集めて不可能任務に挑もうとします。
集められた候補生たちはルールを提示されました。
「㉖ 七人で協力して生活すること」
「㉗ 外出時に本気をだすこと」
・・・よく分からないルールが続きます。本当に大丈夫なのか?こんな環境で落ちこぼれたちを集めて不可能任務に挑もうといううのか?候補生たちは不安になります。そんな彼女らにクラウスは自分の実力を見せます。なんと6個の南京錠を一瞬で開けて見せたのです!!候補生たちの不安は歓喜に変わります。
本物の天才スパイに教えてもらえる!自分たちは落ちこぼれじゃなくなる!
そんな期待が胸に宿った候補生たちにピッキングのコツをクラウスは教えます!!
「ピッキングツールをいい具合に使え。」
・・・・・・
唖然とする彼女たちに、理解できないのかと唖然となるクラウス。他のコツも教えます。
交渉術⇒「美しく語れ」
戦闘⇒「とにかく倒せ」
変装⇒「割と何とかなる」
なお、というか先にもまして唖然とする彼女たちにクラウスは悟ります。
「初めて自覚したよ・・・僕は授業が下手らしい」
・・・まあ天才という名称の時点でうすうす感づいてはいましたけどね!!
クラウスにとってスパイとしての技術は私たちが呼吸するくらい自然なことらしく、言語化できるものではないようです。
スパイ組織「灯」。前途多難な幕開けです。
落ちこぼれでも、やはりスパイ
当然、集められた美少女スパイたちは絶望します。こんな調子で死亡率9割の不可能任務に挑むのかと。そんな中、銀髪の女の子、リリィが動きます。
リリィの性格は元気の良い・・・お調子者。肝心なところでドジをするというスパイにとっては致命的な癖を持っています。そんなリリィはクラウスをお出かけに誘い、元気いっぱいに楽しみます。そして最後には湖でボートに乗り込みました。
そこで、リリィは
「このままじゃ私たちは死にます」
雰囲気が変わります。
「そんなのは嫌だ」
ターゲットを冷酷に狙うスパイの目へと。
「コードネーム”花園”、咲き狂う時間です。」
毒ガスをあたり一面にまき散らし、クラウスを追い詰める行動に出ました。こんなことをすれば、リリィ自身もただじゃすまないはずですが、リリィは特異体質があり毒が効かないのです。リリィは言動に細心の注意を払って、この状況を作り出したのです。
この作品で好きなのは落ちこぼれと呼ばれた女の子たちでもスパイとしての技量はしっかり持っていること。ここがスパイの物語として緊張感が途絶えなかったポイントかなと思いました。
まあ、リリィの狙いはクラウスには完全に見抜かれていましたし、毒使いが解毒剤を忘れるという最大級のポカもやっていましたが。
しかし、リリィの行動を見たクラウスは「極上」と称し、有効な授業方法を見つけました。その授業方法とは____「私を倒せ」
不可能任務
不可能任務とは他のスパイが失敗した任務に再挑戦すること。言うまでもなく難易度は上がり、死亡率は9割となります。
灯はある不可能任務のために結成されましたが、クラウスはこの任務に私情がありました。
この任務に失敗したチームこそが、クラウスが家族と感じていた最強のスパイ組織「焔」でした。
スパイの敵は・・・
クラウスを倒す修業で、リリィたちは色々な方法を取りました。一般人を人質に取ったと脅してクラウスの動きを封じたり(外道)、ギャングを裏から操ったり(超外道)。そこまでしてもクラウスには指先一つ届きませんでしたが、天才スパイを倒すために努力することで、確実に彼女たちはレベルアップしていきました。しかし、クラウスはそんな彼女たちが危険な任務に挑むことに重責を感じるようになります。天才スパイの唯一の弱点ーーーそれは仲間を大事にしすぎることでした。
灯は焔が失敗した不可能任務、帝国の殺人ウイルスを奪うミッションを開始しました。帝国の研究室にクラウスと美少女スパイたちは別々の場所から侵入を図ります。クラウスを相手にして自信をつけていた彼女たち。ですが、そこに現れたのはまた別の規格外な存在、戦闘能力だけで言えばクラウスよりも明らかに上だった、クラウスの師匠 ギードでした。
「焔」を裏切っていたギード。彼女たちが修行していた元焔のアジトにも盗聴器を仕掛けており、クラウスたちの動きは筒抜けでした。圧倒的な戦力差で7人の彼女たちを倒していきます。あえて生かすことで彼女たちを人質にし、クラウスが来るのを待ちます。しかし、クラウスは一向に来ません。初めて動揺し始めたギード。そこに全設備を一人で制圧したクラウスから、通信の音声が入ります。
「僕はそこには行かない。」
敵も読者も騙す
ギードは信じられないと驚きます。あの男が仲間の命を見捨てるはずがないと。
そんなギードにクラウスは言います。
「あなたが盗聴器を仕掛けたのは分かっていた。」
「だから私は ㉗外出時に本気を出すことというルールを作った。」
「師匠、あなたは彼女たちの本当の力を知らない。」
この言葉にギードはすこし動揺しますが、それでも冷静に敵との差を分析します。彼女たちに自分を倒す力はないと。実際に、立ち上がってきた彼女たちを再度叩きのめし、7人全員が戦闘不能になっていることを確かめました。
再びクラウスに警告しようとしたギード。そこに、存在しないはずの8人目が襲い掛かってきました。
盗聴器を仕掛けられていることは分かっていた―――だから嘘の情報が伝わるようにした
集められた少女たちは8人いた―――7人として振舞うように指示した
彼女たちの名前はほとんど出てこなかった―――人数をごまかすため
落ちこぼれの女スパイを集めた―――優秀だったり、男の場合はギードが把握している可能性があった
盗聴器を使って音声で認識していたギードと、文だけで把握していた読者。ギードを騙すように行動したことで読者の私も見事に騙されました。
ギードはこの攻撃により手傷を負い、結果的に敗北へと向かうことになります。
印象的な言葉の数々
クラウスの言葉には
「極上だ」
「このお遊びには、いつまで付き合えばいいんだ?」
「今のお前たちには、僕の敵にすらなれないよ」
などの印象的なものを繰り返すことが多いです。最初はずいぶん飾ったセリフだなと思っていたのですが、このセリフたち全部ギードとの戦闘で使用されます。しかも、すごく格好よく。このように最初はそこまで印象が良くなかったものが、読み終わるときには最高のセリフに思えるようになった落差も最高に心地よかったです。
特にリリィが「このお遊びには、いつまで付き合えばいいんです?」とクラウスのセリフを借りてギードに言い放ったところは胸が躍りました。
まとめ
物語の中で一番心地良い瞬間は「そういくことか~」と感じる時です。見事な伏線回収とかミスリードにまんまと引っかかったときとか。そういう意味ではこの作品にはもの凄い心地良さを感じさせてくれました。
また、キャラクターたちもみんな魅力的で、スパイという専門用語が出やすいジャンルでありながら、すごく読みやすかったです。
滅茶苦茶面白い作品でした!!
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